◎通過儀礼と着物 
 お宮参り 七五三 十三参り 成人式
人の一生には、いろいろの節目が 好むと好まざるとに関わらず存在しています。
通過儀礼という言葉は人類学の言葉ですが、人が社会的に次のステップに移るときの儀礼と言う意味です。
誕生、幼少年から成人、結婚、死亡時などが重要に考えられてきました。
また、入卒園・入学、卒業、就職、退職、長寿祝いなどもその範疇でしょう。
日本人の民族衣装としての着物が、人の節目の、いろいろの行事に持つ役目もまだまだ大きいものがあります。
改まった衣装を着ることで、祝う・寿ぐ・喪等の心を、より丁寧に周りの人々に表明出来ると考えることが出来ます。
いろいろな場面を挙げましょう。
 お宮参り
生後男子は生後三十一日目、女子は生後三十三日目にお参りするのが一般的。
祖母に抱かれ、両親とともにお参りします。
産土神に、新生児の無事な成長を祈りました。多くの場合、産着は母方の里から贈られました。
背後から魔物が入ると考えられていたので、背縫いがない一つ身の着物のがよいと考えられています。
又背中の縫い取りは背守りといわれこれも魔除けです。
一つ身の着物の袖は輪になっていて、縫いふさいでありません。
袖を縫いふさぎこの後の晴れ着として初節句やお正月の晴れ着として子供に着せてやったのです。
背中の紐には、のし袋に扇を入れたもの、
お守り袋・でんでん太鼓・犬張子などを
くくりつけます。

またお参り後に親戚などへ挨拶回りし、
迎える方は、用意しておいたご祝儀の入った
ぽち袋を忍ばせたのしをくくり加えます。

この紐は、実際に子供に着せる時の
付紐になります。
十月十日(とつきとうか)を経てやっと生まれた命。
医療の未発達の昔は、乳幼児の死亡率は高く、成長する子供は幸運だったのです。
「七歳までは神の子」「七つ前は神のうち」といわれ、生命はまだ神の側に属するもの。
したがって神仏がその運命を決めると考えられていました。
生後1年間の生育が特に困難であったと考えられ、それゆえ何事も神の加護を祈ったものです。

このように不安定な子供の命が、一つ一つ儀礼を通し、少しずつ しっかりと
固まったものになるというとらえ方をしていたようです。                   ページトップへ
七五三

三つ参りの子供の背中はとても小さいもの、
お母さんの使っている絞りの帯揚げが
丁度良い兵児帯に
   
11月に行われる「七五三参り」は、お宮参りに続く通過儀礼。 
幼児は7つで始めて人間になります。それまでは老人と共に神の範疇。
(生命がすぐに失われた証、亡くなって神の世にいってしまう)
ようやっとここまで大きくなったと寿ぎ、感謝と共に これからもどうぞお守りをと神さん参りいたします。

【3歳】
平安時代、3歳になると“髪置きの儀”を行いました。
生まれて七日め(お七夜)に産毛をそり坊主頭にしてあったのを三歳の春から伸ばし始めます
女の子はこれ以後夫に先立たれる以外は切らず伸ばすままにしておいたようです。
お宮参りの一つ身の広袖を縫いふさぎ着せる。又は、三つ身が体格的に相応しいのですが、
四つ身をうんと縫い上げしても着せます。(この着物を5歳・7歳時にも、寸法を直して用います)

【5歳】
5歳は昔は着袴の儀といい男女共にお祝いしていましたが江戸時代から男の子のお祝いとなっています。
男の子袴を初めて着ける儀式が原型。袴姿がりりしく可愛いですね。 
実際には兄弟姉妹が七五三でおまいりするとき5歳の女の子も一緒に晴れ着でお参りするようですね。

【7歳】女の子の衣装
女児の“帯解の儀”です。  子供がある程度成長して、付帯(つけおび)のある着物を着るのを止め、
初めて帯を着用するときの祝いです。
男の子には褌をさせ、女の子には腰巻をさせた儀礼“帯解の儀”が現在の七つ参りの源流で、
室町時代、公家や武家の間で行われていた儀式です。
7歳は特に女の子には意味のある「帯解の儀」によって、大人の女に又1歩近づきます。

帯は下帯(褌)・腰巻を含め、人間の社会的な意味合いが濃い性、(ジェンダー)と
深い関係を持つ重要な服装です。
下帯(褌)や腰巻(いまのショーツの役目をする)を含め、子孫をもうける事と深い関連を持つ重要な衣服です。

帯が、儀礼的服装の一部として、特殊な発達をした面もあり、その意味合い、歴史を複雑にしています。
人類の初期の衣服が下帯形態のものから始まっている事も示唆に富んでいると言えます。

奈良にある「帯解寺」が子宝祈願・安産祈願にご利益があるとして信仰されていることなどにも「性・豊穣・子孫繁栄」
などとの関係性が見られます。
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十三参り
京都では4月13日を中心にした良い日に
満12歳(数えで13歳)の子供たちが嵐山の
法輪寺(虚空蔵山)に知恵や福徳を授かり健やかに、という願いをこめてお参りします。
江戸時代中期から盛んになった通過儀礼の一つです。
十三参りの他にも通過儀礼には、きものが深く関連します。
着物は「ハレの衣装」としての面目躍如といった所でしょう。
 青海波に菊を載せた振袖。まだあどけなさを残した満12歳。二十歳の振袖は似合いません、13歳ならではの柄を着せてあげましょう。 十三参りは、まず境内に設けられたテントの中の机で、色紙に自分の好きな漢字を一文字を書き
その後本堂で祈祷を受けます。
日ごろ正座することの少ない子供たちがまじめに拝んでしおらしいのです。
法要・お参りを済ませ、知恵を戴いて帰ります。その後、定番の橋渡り!?
子供たちは、せっかく貰った知恵が振り返ると虚空蔵さんにお返ししてしまうので、
『橋を渡りきるまで、絶対に振り返らないように』とさんざんに言い含められています。

そのくせ渡る時、後から声をかけたり、振り返るのを静止したりと一行は大騒ぎ。
背中のこそばい十三参りの子供たち。
周りの人たちも、昔の自分を思い出しほほえましく楽しんで眺めます。
桜も華やかに、4月の嵐山の季節の行事。

特に女の子は、この日初めて“大人用のきもの地一反”を使った
本身裁ちのきものに袖を通す事となっています。
それでも昔はまだまだ幼さも残っています、寸法も余りがち・・・
肩やお袖に縫い上げをしてお参りします。

この風習は舞妓さんの肩縫い上げ、袖縫い上げにも残っています。
舞妓さんが襟変えして一人前の芸妓さんになると肩縫い上げもみな解きます。
縫い上げは機能的な意味と、子供の象徴とが重なっているのですね。
十三参り以外にも、まだまだ通過儀礼があります。        
  
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成人式 
成人式は昔の元服加冠の儀にあたります。 元服はフォーマル時の服装を成人のものに改め、
これ以後は成人としての待遇を表示する事を認めたことを表しています。

又前髪を剃り容儀を整える首(しゅ)服の意も持ちます。 
その源流は、遠く天武天皇12年(684)男子の衣服が
規定された事から始まっています。
一般に冠帽着用の風が普及するにつれ、幼年の髪を改めて頭部に束ねて切りそろえ、
冠又烏帽子(えぼうし)をいただくことが成人を示す儀式となりました。
元はこのように元服は、身体および精神の発育が適当な状態になったと認められたときに行われたもので、
年齢は一定していなかった様です。

奈良時代から平安時代にかけては13歳から16歳の間に元服した模様が記されています。
武家では16世紀ころより(足利時代から桃山期)額の上の前髪を剃り月代(さかやき)をつくり
成人を示すという元服式が始まりました。
これが一般の町人百姓にも普及して江戸末期まで続いたのです。

女子は、奈良から平安にかけ唐様の影響を受けた頃は、
結髪、着裳(ちゃくも)をもって成年の印としました。
“かけあげ”“もぎ”とも言い12歳から16歳までに行われました。

中世から“もぎ”が廃れ、垂髪が常となり“鬢(びん)そぎ”とも言って成年の表示としたのです。
室町中期になると小袖の流行で幼児が長袖を着たので“鬢(びん)そぎ”と共に
16歳で留袖をするのが例となり、
江戸中期頃は女19歳で「身八つ口」を閉じた。現在いう留袖の語源になっています。

留袖の名称は、江戸時代初期の成人女性のまとっていた、
現在よりずっと短い袖丈で、しかもその全体が身頃に縫い付けられていて、
身八つ口(きものの脇の開きの部分)も振りもない
脇の塞いであった(わきふさぎ)のきものの呼称で呼ばれた「留袖仕立て」に由来します。
しかし、脇の袖付け部分に開きがないと動作が不自由である上、
時代とともに華美な風潮が生まれ、帯幅も広いものが用いられるようになったので、
従来の子供(元服前の男女)のきもののような振りが成人女性の衣装にもつけられるようになり、
現在の留袖の形となりました。

このように、衣服と人間はいろいろな要素で深く影響しあっています。
人の動きとの機能面の関係だけでなく、社会的な制約・ステータスなど何時の時代にもあるようにですね。

着物もこのような目から見ると面白い面が見えてきて
これからの新しいお洒落の仕方にも何かヒントが得られるのではないでしょうか。
言い伝えや、年配の方が言いがちな決まりごとに縛られない
より自由な自分表現がとしてのお洒落に結びつけば良いと思います。
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