◎槌屋町の弁天さん 祭礼 
京の町の、思いがけないところに 連綿と続いている 地域のお祭りを見つけることが出来ます。
“きものさんぽみち”は二条城や御所の近く、槌屋町に所在します。
なかなか歴史ある町内。
他の京都の町内に有るように、お地蔵さんは勿論、「福永弁財天」という神社を54軒ほどのお町内のみでお守りしています。  (極ささやかなお社ですが

毎年11月1日が祭礼日(近年の事、日曜日に開催される事が多い
ちょっと前まで、当日にはおでんみたらし・串かつの屋台を開き、
子供樽神輿も出たものです。
 
おでんなどは、全町の女性総動員で、和気藹々と お出汁を取り、お大根を茹で、
ごぼ天の油抜きをし、にぬきを茹で、前日・当日の作業が、楽しいながら大変でした
・・・お大根200本は炊きましたょ (1000食ぐらいは捌きました)・・・

恒例の「奉納謡会」が前夜祭。 我が家が会場で父も良い声で一曲謡っていたのを思い出します・・・出演者は全て町内のメンバー!  芸達者な人々が一杯・・・ 

現在は、定例の 下御霊神社の宮司さんの祝詞・お祓い 護摩木焚き供養
等が主になりましたが、変わらずお祀りを続けています。


海のもの土のもの 
お供え お飾りも
賑にぎしく出来ました
町内に満遍なく
紅白の弁天さん祭礼の旗を立て
紅白幔幕も張り巡らします
下御霊神社の宮司さんの
祝詞、お祓い
この後
参列者がお榊を供えて参拝

山伏さんが到着

祭壇の準備

火がつけられ
山伏さんの護摩木焚き供養もあります。

法螺貝が吹かれ始めました。
護摩木を焚く事を「お火焚」と申します。
京都の11月はたくさんの寺社でお火焚きの行事が行われます。

江戸時代から行われる神事で、
陰暦11月に社前において火を焚き、祝詞や神楽でもって神さまを慰めるものです。 秋の収穫感謝の新嘗祭(しんじょうさい・にいなめさい)の一形態、
又神前の庭で火を焚いて神楽を舞ったものの名残等と言われています。
神社だけでなく民間の火を使う業種、たとえば(染物屋、鍛冶屋、造酒屋、お豆腐やさん など)で、この様な「お火焚き」が行なわれていました。
みかんや饅頭、柚子味の三角おこし お赤飯 などを供え、親類縁者、ご近所 お得意先 子供たちに お配りもんをしたものです。

山伏さんたちは聖護院の所属
峰入りの修行、寒行など
研鑽を重ねて居られるのです。

托鉢・寒行のページ

奉納された1000本以上の護摩木が
次々と剣で清められ
投げ入れられます

山伏さんの一挙手一投足
見逃すまいぞ
子供達は、煙いながら
興味津々のきらきらの目

下火になったところで焼かれるおみかん

焼かれたおみかんは
「風邪引かへん」派と
「中風除け」です、の二派あり。
私は風邪派です(?)
写真中央、我が家のお向かいのSさん。   町内の物知り博士です。
『この弁天さんは、とても有り難い弁天さんで、見る人が見はったら、大変なお力の有る神さんやと異口同音にいわはるのえ!』
又曰く  申年・酉年は荒れまくる年、天変地異の多い年とか。
特に今年は60年に一度の年廻りだそうで  (終戦の年もそうやったし・・)  
『異常な事が多いやろぉ』
『来年は酉、まだまだ異変が多いので、弁天さんを大事にして、通るたんびにおがんどかなあかんえ』
はい!知らん顔して通らんと、まじめに拝みますっ。
定番のお火焚きのお下がり
おこしは、本来三角のゆず味
お配りの都合セロファンで包んであります。
ここにお鏡餅を町内軒数に切り分け、
加えます。「お火焚き配り」として
お下がりを皆で頂きます
宝珠焼印の蒸し饅頭は
お火焚きの定番

ピンクが粒餡
白が漉し餡
あっさりと美味しいものです。
子供の頃からお馴染みの
懐かしい味
拝礼した時のお榊(御幣付き)
門口に挿しておきます。厄除け。
邪が家に入るのを防いでくれます
弁天さんのお使いは白蛇  

娘が昔 実際に見たことがあると証言しています。
『小川通から、○○さんちの塀ぎわを通り、弁天さん横の水道の後ろを通って、お社の中に入っていかはった』そうです・・・

又、ここの巳さん(蛇さんのこと)は、御所の中にある「池の弁天さん(本名は厳島神社)」と、槌屋町を往来しておられるそうです。
その通り道を、塞いだり遮蔽物を作ったりすると、その人になり家なりに障りが有るといわれています・・・
ここら辺の御家を直す時も地面を全面的にコンクリートで固めたりしない事になっているようですよ

ついこの前も、花工房の会社の前の樋(とゆ)の中から蛇(たぶん青大将)が出て来て1週間ほどじっとしてた事がありました。
町内のどなたかが早速なにやらお札を貼って無事に退散していただくようにしてましたねぇ。
やはり弁天さんの地元らしく、どうやら蛇系に縁が有るよう
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