◎京都 着物で散策 お盆のお精霊(おしょらい)迎え 千本ゑんま堂 
京都 西陣の最深部の
千本ゑんま堂 では8月7日から10日まで
おしょらいさん迎えが行われます。

平安京の人々の葬送地であった京の七野の一つ「蓮台野」近く、洛外との境界にあたる千本ゑんま堂は、引接寺(いんじょうじ)という真言宗の寺

こちらでは「流れ灌頂」の習俗で、ご先祖さんのお迎えをする独特の行事が続き、地域の風情を醸します

堂内の壁には狩野光信による
冥土図なども見られる
小野篁(おののたかむら)は朝廷の役人ながら、夜には此方から閻魔の庁に出仕していたそうです。現世と冥界・あの世を自由に行き来したのです。
えん魔さんに「船岡山の麓に私の像を祀りおしょらい迎えを始めよ」と命ぜられ千本ゑんま堂を建立したといわれます。
それからですから千年以上このようなおしょらい迎えが続いているといわれます。
本堂には、迫力満点の閻魔様が。    お盆と千本ゑんま堂狂言の時ご開帳されます。
裁判長
の閻魔法王、検事の司命尊、書記の司録尊と3名が並び祀られていました。
まず水塔婆に亡くなった人の戒名や法名を書いてもらいます専任の書き手が何人も待ちうけて居ます
本堂の奥、流れ灌頂の池に行き
えん魔さんのはんこを押してもらう
水塔婆の上が頭、下が足。足を向こう側に向け、まずひしゃくで水をかけ次に、ひしゃくにお塔婆を乗せて静かに浮かべます
流れ勧請
流れはじめたら、向こうへ向こうへ、ひしゃくで送る。
最後に、無縁仏の石仏にも水を掛けて供養する。
このような一連の所作がお迎えの儀礼です。
初心者にも、ちゃんと説明の方が居られ、迷いません。水の洗浄力は罪穢れを払い清めると日本ではよくいわれ、「禊ぎ」がその代表。
この観念がこの流れ灌頂に現れ、伝承されていると考えられます。
灌頂とは、密教儀礼で頭に水を注ぐ儀式。これによって仏位を継承できます。
その儀式の時に掲げる灌頂幡(かんじょうばん)を水に流すと、その功徳で水の中の魚類や無縁の屍骸までが解脱します。
掲げてある灌頂幡は、下を通り頭に触れることで、その人の罪障を消す呪具でした。
流れ灌頂はこの灌頂の方式と、水が祓う力・淨力を合した物といえます。
迎え鐘
この後迎え鐘を撞きます紐を下に引くと鐘がつけます。(珍皇寺さんは手前に引っ張りました)
紫式部供養塔 境内には紫式部の供養塔とされる十重の石塔 至徳3年(1387年)建立(重文)が安置されています
千本ゑんま堂付近は西陣帯の産地の真っ只中にあります。 何年か前までは、付近を通ると、どこからも  「かしゃんかしゃ」 と機の音が喧しいほどでした。
最近はひっそりとして寂しい事です。
西陣の伝統産業「西陣織」の素材、]糸などで作られる等身大の人形を見かけました。
いろいろの場面を、機道具や日常の道具で構成し、西陣の「笹屋町3丁目」「笹屋町2丁目」の各家の表、べんがら格子を外した町屋の表の間に毎年8/22〜8/23の地蔵盆に展示されていました。
明治8年疫病が蔓延した時病気退散を祈願して製作されたところ疫病が治まったのでその後もお礼として毎年作られていた。
戦争中の昭和12年から25年は中断されたが昭和26年復活し43年まで続いた。
全盛時は約10対の人形が展示され観客も2日間で5万人をかぞえたと言われます。
   
おしょらいさん迎えに行く途中見かけた人形
(笹屋町通の造り物(糸人形)の再現)
懐かしく復活を求める声も多いと聞く・・・
千本ゑんま堂:千本通廬山寺  075-462-3332
┃ 閉じる×  ┃  Home  ┃   京都散策index