◎二条城 桃山文化の粋
きものさんぽみち”から徒歩で5分程のところ二条城があります。
近所なので、格好の散歩コース。世界遺産にも登録され贅沢なことです。

慶長7年(1602)家康が京都御所の守護と、将軍上洛時の京都屋敷として築造しました。徳川家康と豊臣秀頼の会見、大阪冬・夏の陣の徳川軍の参謀本部、1867年15代将軍徳川慶喜の大政奉還の舞台になるなど、歴史上に大変有名なお城。
      
二条城 桜園 八重桜             オオシマザクラ        二条城ライトアップ 
見所 二の丸御殿(国宝)・本丸御殿(重要文化財)・庭園・天守閣跡など
所在地 京都市中京区堀川通二条:075-841-0096
午前8時45分〜午後4時まで(閉場5時)   本丸御殿の入場は午前9時〜午後3時まで
観覧料 大人600円 中高生350円小学生200円   本丸御殿は別に中学生以上300円が必要
駐車場 約250台・2時間まで600円
アクセス 市バス:ニ条城前地下鉄東西線:二条城前駅下車

三代家光が後水尾天皇の行幸を仰ぐため拡張整備し、伏見城の遺構で本丸や天守閣を構築。
家光の実姉、二代秀忠の娘が、天皇の女御・東福門院です。
東福門院を間に、徳川と天皇家の交流の場所、又徳川の威勢を京都の人々に誇示するのが
二条城でした。
国宝となっている二の丸御殿は 桃山時代の武家書院造りの代表的な建築で
御殿の輪郭が雁行状に建ち並んだ壮麗な物です。庭園も、小堀遠州が苦心して作った
池泉回遊式庭園、 御殿内の桃山文化の粋の襖絵は、幕府の威光を最大限に高める
座敷飾りになる様、狩野派によって画かれています。

御殿内の廊下は鴬張り、歩くときゅっきゅっと鳴り曲者を知らせるセキュリティ装置ですね

この立派なお城も、1750年五層の天守閣は雷火によって焼失、その上、
1788年天明の大火によって本丸御殿も焼失してしまいました。
1893年(明治26年)御所内にあった桂の宮御殿を移築して本丸御殿としたものが
現在の姿です。 これは、宮御殿の完全な形で残されている唯一の建物で、重要文化財。

二の丸庭園のような池泉庭園は王朝の昔からの典型的庭園でした。
湧泉の多さは、盆地の底と言う土地柄・湖底的風土から来ていて、
京都は池泉の都とも言えるほど、王朝時代の邸館は必ず広大な苑池を持っているのが特徴でした。

お城の建築だけでなく、庭園も忘れず散策を。 花々の隠れた名所です。
梅・椿・桜・藤・・・季節季節の多種類の花が楽しめます。

=周辺情報=
【神泉苑】
二条城の南には、王朝時代からの神泉苑があります。
二条城を建てる当時の神泉苑の北の大半部を削ってニ条城は建てられています。
京都朝廷を威圧した徳川の二条城の苑池も昔の宮廷の苑池だったのです。

もとの神泉苑は、平安京が出来た時、大掛かりな治水工事の一貫として造苑され 
桓武天皇の遊覧や、度々の宮廷の遊宴等が催されていました。
又民間から隔絶した禁苑では無い、渇水時の庶民の水場とされたり、
疫病の流行った時には御霊会が修されたりしていました。(祇園祭の始り)
古代からの京都の芯のような意味合いの濃い土地柄だったと言えるかもしれません。
徳川氏もこの中心と言う事に注目していたとも考えられます。
この夏の少雨は異常です、降雨祈願の会など開催したら良いのではないでしょうか??
五月の連休頃には、
壬生狂言の流れである神泉苑大念仏狂言狂言の公演が 行われます。
神泉苑狂言は、壬生大念仏狂言の分家のような物です。

【壬生大念仏狂言】
その本家・壬生狂言は、詳しくは
壬生狂言ページを。
【参考】
無言狂言は、壬生寺・神泉苑の他に、嵯峨清涼寺、千本閻魔堂(ここだけせりふあり)
と四ヶ所で演じられています。
どの狂言も、土の味豊でじっと見ているとのめりこんでしまう事請け合いです。 
ぜひとも
着物でお出かけ下さいな。
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