◎京都 着物で散策    北白川天神宮  高盛御供 (たかもり ごく) ユニークな神饌神事
こここのきものすがたが主役でした。
平安時代以前から伝えられている特異なお祭り。  
木綿地の黒いきもの、 舞・黒髪・宴という文字が織り出された 帯
’はんの木’の樹皮で染められた 橙色の三幅の前掛け という 独特の衣装。
白川女の衣装は、お花を商うため黒の花を引き立たせるものという特徴がありました。
高盛御供の衣装も同じ北白川、ルーツが重なるものかと思われます。
前夜から 北白川天神宮内で 夜を徹して 神饌を調製 。するめ・大根なます・小芋・もっそう飯さつま芋の薄輪切りに彫った神社の紋や兜馬などの作り物。シイラという魚・とびうお豆腐・新ショウガ 栗 柿・枝豆・洗い米・等・・・海の幸 里の実り など五穀豊穣・収穫感謝などの意を込めた秋のお祭り
朝8時 神社前に飾られ氏子さんがたも集合 みんなで今年の出来栄えは・・・   
結界が断ち切られると、草履を脱いで足袋はだしで歩きます
山岳信仰らしく 社殿の後の山に向かって祭壇が設えてあり、
そこに神饌が並べられます

するめ・なます・小芋(既婚女性が担ぐ)

小芋は蒸した後干してある。赤味噌が芯&接着剤となって円錐形に

「しいら」は新潟では「万作」と言う。
豊年満作につながるからか、シイらの前にお豆腐に載せた「とびうお」

もっそうに盛ったご飯
(未婚女性が担ぐ)
朝一番に、神様にお供えする、神饌を女性が頭の上に担ぎ行列します。

今は神社の前の広場から拝殿までの行列ですが、昔は各頭屋(当屋とも書くその年その年の当番の家の事) から神社まで
介添え無しで女人の頭のみで運ばれたそうです。
ここは白川の里。白川女のように、頭で物を運ぶのはお手の物だったのでしょう。

日本でも、アジア・アフリカのように 頭で物を運ぶことは普通の事だった時代があったのですね。

昔は、旧暦10月20日 卯の刻 社殿の背後から日が昇る時刻、1日の始まる空気の清浄な間に、秘して行われていたそうです。
神と人の共食の神事であると言う事。
神社そのものが天皇を守る武官だったことも有り、御所と関連深い神事として一般には見せない秘すべきものであったのです。

現在は神社で2・3日前から泊り込みで作られます。
昔は3組に別れ、それぞれの当番に当たる家で作られていました。
各組の調べの違う太鼓を合図に、揃った所で神社まで行列して御供しました。

北白川は京都のだいぶ北に位置し、昔の20日のお祭り時は、気温も低かったのですが、
(この辺の家はお祭りの後、23日になると皆いっせいにコタツを入れ始めたほど)
温暖化の昨今、高盛の芯は味噌で作られているため、溶けるなど、いろいろご苦労があるそうです。

高盛御供は、奈良・談山神社、東寺、バリ島にもあるようです。
バリ島などは1mにも達するものだそうです。当時の神饌はもう無くなったようです。
カラフルな他のところに比べ、この神社のは、色が淡白であるというのが特徴です。

前夜9時ごろから作成場も見せていただけるようです。
  (北白川仕伏町バス終点 白川通から山越道に入りどんつきを右に曲がり500mほど)
北白川天神宮 075−781−8488
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